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自分らしさの追求と地域社会(前半)

年度更新、算定基礎の手続きラッシュの熱冷めやらぬまま子どもの夏休みを迎え、
ようやく待ちに待った新学期です。

コロナ感染は子どもにも広がりを見せており、緊急事態宣言の中でいつも通りとはいきませんが、
毎日登校させてもらえているだけでもありがたい事です。

多少時間ができたので、少し前から気になっていた橘玲さんの「無理ゲー社会」を読んでみました。
ある大きな書店で見当たらず店員さんに聞いてみたところ「売り切れです」と言われ、
2店舗目では残り1冊を運よく買う事ができました。
大人気のようです。

内容は少々難しい箇所もありつつですが、とても興味深い内容が盛りだくさんでした。
・自分らしさの行きつく先
・資本主義による格差の広がり
・能力の遺伝
・非モテのテロリスト
・経済的格差から評判格差へ
などなど、勉強になりました。

特に「自分らしく生きること」が進んできた事で中間共同体が解体され、
自己責任が強調されるという事について書かれていました。

「自分らしさ」を皆が求めれば、町内会やPTA、ご近所付き合いのような共同体が縮小します。
そして、自身や家族による自助、それから国による公助やお金を払って受けるサービスがその機能に代わります。

これを例えば子育てに置き換えてみると自分自身の置かれている環境とドンピシャでした。

夫婦共に(特に母親である私が)外で用事(仕事)がある、というのは私の「自分らしく生きたい」という欲求のためでしょう。
それを「ちょっと助けて」と言うのは他人の「自分らしさ」を脅かしてしまう行為であり、
そのため普段は『保育園』を利用し、時間外や休みの時には実母にお願いしたり、
それも難しい時にはお金を払ってシッターさんというサービスを受けた事も数回ありました。

そんな中でも、ご近所の方に助けられた事もありました。
わが子がイヤイヤ期真っ盛りの2歳児だった頃、
スーパーで泣き叫ぶわが子に通りすがりのおばあちゃまが声をかけてスッと泣き止ませてくれた事があり、
当時本当に感謝した記憶があります。

その時とても嬉しかったので、泣いている子どもを見かけると私もできるだけ声を掛けるようにしていました。
ただ、その時のお母さんの反応は高確率で「余計な事しないで」か「なにこのおばさん」だという事を学習し、
最近ではできるだけお母さんに気づかれないように顔芸を駆使してあやす程度にしています。
変な人として通報されない事を願います。

介護を取り巻く環境についても同じような事が起きていると思います。

長くなりそうなので後半に続きます。

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