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大塚さん(仮名)の話

介護職員として入職してすぐの頃、現場で初めての挫折のお話です。
(プライバシー配慮のため一部脚色しています。)

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大塚さんはお風呂が嫌い。
家では入らないので、デイサービスでお風呂に入って清潔を保持する事が大切な目的の一つだった。

ある日、先輩スタッフMさんから大塚さんの入浴に関してレクチャーを受けた。
「大塚さんは、『お風呂』と誘うと断られてしまうので、クリームを塗るからと脱衣所に誘導して、その後お話しながら服を脱いでもらってね。」

そっと見ていると確かにその通りに入浴手順が進んでいき、
脱衣所の前で聞き耳を立てると
大塚さん「あれ、これも脱ぐの?」
Mさん「そうですね、その方が塗りやすいんで」
大塚さん「あれ、シャワーするの?」
Mさん「綺麗にしてから塗りましょう」
大塚さん「お風呂も入るの?」
Mさん「あったまった方が気持ちいいですよ~」

あれよあれよという間にご入浴が完了し、大塚さんは脱衣所でMさんに髪を乾かしてもらいながら保湿クリームを塗ってさっぱりした顔をしていた。
私はMさんの流れるような手法に感動すら覚え、完璧に真似ができるように密かに手順とセリフを確認していた。

そして大塚さんの次のご利用日。いよいよ本番。
手順は頭に入っているし、いけそうな気がしていた。
私「大塚さん、クリーム塗りましょうか、こちらへ来てください」
大塚さんはしぶしぶ脱衣所へ移動してくれる。
私「大塚さん、これ脱いじゃいましょうか」
と、お洋服に手をかけた瞬間。

「なによ!あんた!だましたわね!!」

凄い剣幕で怒鳴り、フロアへと戻っていく大塚さん。
その日はそれでご機嫌を損ねてしまい、とうとうご入浴いただく事ができなかった。
悔しさとご家族への申し訳なさでフロア内で涙がにじんでしまった苦い思い出。

なんで?何がいけなかったの?Mさんの時はうまくいってたのに。
声をかけるタイミング?
お洋服に手を伸ばすのが早かった?
いや、きっと違う。

私がMさんじゃなかったからだ。

冷静に考えたら、良く知らない人と急に狭い脱衣所で二人きりにされて、服を脱がされるなんて恐ろしい事だ。
だからきっと、大塚さんに私の事を分かってもらう事の方が先なんだ。

それから大塚さんが来た日はできる限りコミュニケーションをとるようにした。他愛もない会話を繰り返し、大塚さんはちょっとした冗談も言ってくれるようになってきた。2週間ほど経って、随分距離が縮んだような実感もあり、再度挑戦してみる事にした。

私「大塚さん、あっちでクリーム塗りましょう。」
大塚さんはにこっと笑って言ってくれた。

あなただったら、いいわよ。」

嬉しさに鳥肌が立った。
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どんな仕事でも決められた手順やマニュアルは存在します。
でも時にはマニュアルよりも大切なものがあって、介護の場合はそれがやっぱり人と人との関係性なのではないかと思っています。

介護技術の移乗の研修で、「ご利用者の手を自分の首に回してしっかりつかまってもらいます」と講師の方がおっしゃることがあります。
技術の研修なのでそれはそれで良いのでしょうが、現実にもし自分が言われたらどうでしょう?
見ず知らずの人の首にしっかりつかまる事に抵抗は無いでしょうか?

何をするにしても、まずは自分自身を信頼していただく事が大切。
そんな当たり前の事を改めて教えてくれた大塚さんのお話でした。

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